助産師の無題ブログ

助産師の独り言と疑問 適度に嘘を混ぜています

頑張らない助産師の私のはなし

いつも思う事がある。

やる気と努力が評価されて、新しい仕事を与えられて、またそこで頑張る事が称賛される世界で生きるのが辛い。

私は生きるのに精一杯で、目の前に丁度いい感じの仕事が置いてあって、それを人並みにこなして、褒められる訳でもなく責められる訳でもなく、次も似たような感じの仕事をただただこなしていたい。工場のライン作業が向いているのかもしれない。



助産師の世界はとても特殊だ。

就職した時から即戦力になる。

頑張らないと評価されない。

頑張らないとお産を取らせてもらえない。

頑張ってますアピールをし、お産のチャンスが来たら横取りする勢いで動かなければいけない。

お産のうまい助産師が全てだ。


この職業は頑張るのが苦手な私には合っていない気がする。

頑張らないで生きていることが、自分の首を絞め、周りから「そんな頑張らなくていいよ」って言われてしまう、わけのわからない状況にある。


お産を取りたくないかと聞かれれば、そりゃ分娩介助したいサ。ただ、頑張って勉強して、そしてさらに頑張ってますアピールをしてまでお産を取りたいかと言われると、そうでもない気がする。


病棟の医師を見ていると羨ましいなと思う。産科医という絶滅危惧種だからか、世の中では有り難がられる存在で、症例もバッチリ揃うのかな。嫌でもお産がやってくる。お産の方が先生を求めてくる。

助産師の世界は逆だ。助産師がお産を求める。自分が一つでも多くお産に関われることを生き甲斐とする。

医師のようにお産が自分の目の前に現れてくる状況が本当に羨ましい。そこで症例を重ねて、勉強して、また症例を重ねて、の繰り返しなんだろうか。


私たちは違う。産後を看て、産前を看て、たまにやってくる一滴の雫のようなおこぼれをありがたく啜る。


世の中にこれだけお産があるのにどうして私たちは雫のような一滴をありがたく啜り、その一滴の味をずっと覚えていなければならないんだろう。




お産が工場のライン作業になればいいのに。